ひとが生きるということの原初の形/中原省五(岡山映画祭2009報告集)

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 小林茂監督の『チョコラ!』は、二〇〇六年、ケニアの地方都市ティカの路上で生活する子供達を撮ったドキュメンタリーである。

 学校をサボり、シンナーを吸い、たばこをふかす子供達と、密造酒をつくり、売春に出かける母親達とを、小林は、同一の地面の上に立つまっすぐな視線で捉えている。

 ねぐらに借りたどこかの床下のようなところから早朝ごそごそと起きだし、街中を歩き回って路上の鉄やプラスチックの屑を拾い集め、回収業者に持ち込んで換金し、その稼ぎで食い物にありつく子供達――学齢期の、当然にも手に職を持たない子供達の自活する姿がカメラに収められている。ここには、ひとが生きていくということの裸形がある。彼らは、通常その年代の子供達がそれによって保護される膜のようなもの無しに、直に、剥き出しで世界に対している。その年齢で自立して世の中を渡っていく子供達の、緊張に引き締まった表情の輝きが映画『チョコラ!』をささえる。

 「チョコラ」と、スワヒリ語で「拾う」を意味するという侮蔑的響きをも持つ呼び名でひとしなみに名指され、群れて行動することの多い彼らは、しかし、個々のひとりひとりにカメラを向けていくと多様な顔をみせはじめる。

 スラムで母親ひとりに育てられ、その母親に安定した仕事がなく、密造酒製造販売や売春に収入を求めざるを得ない場合、家庭に、学齢に達した子供の居場所はなくなり、あるいは路上に出ざるを得まい。このような、主として貧困に路上生活の原因を求めうる場合のほかに、一方で、豊かな家庭の子供の路上生活もあることを映画『チョコラ!』は見逃していない。
生垣を巡らせた敷地に建つ何棟もの建物。この見るからに裕福そうな実家に路上から帰って来た息子は、父親にこれからの事について相談するつもりであったが、農作業の仕事を中途で引きあげてきたらしい父親は、久しぶりに会った息子に発言のいとまも与えず、一方的に息子の不実を言い募る。息子は能面のような表情となって早々に心をとざし、結局再び路上に戻る。これは、アフリカに限らず、どこにでも見られる親子の断絶だ。

 路上生活するアフリカの子供達とみれば原因はアフリカの貧困、と短絡する紋切り型の思考とはこの映画は無縁である。だが、貧困層から出てくるチョコラとヒッピーのようなチョコラが並列されるだけでは、両者を含むチョコラ全体の構造は不分明だ。

 映画の終半、路上生活する子供達の物語に、HIVに感染したシングルマザーの物語が挿入される。映画『チョコラ!』にはナレーションが使われていないので、何の説明もなしにカメラはこのシングルマザーの生活するスラムに入っていくことになる。映画の流れとしては、路上の子供達の母親の住むスラムには既にカメラは入ったことがあり、このたびも再びスラムに戻ったのかなと思わせ、たいした違和感も感じさせないが、見終わってあらためて考えてみると、路上生活する子供達の物語とこのシングルマザーの物語がお互いどのような関係をなすかは明確でない。

 ここで描かれるのは、仕事を探して高級住宅街へ出かけ、例えば洗濯を頼まれれば洗濯の賃仕事をし、家にあってはまだ幼い子供達の面倒をみ、薬をのみといった母と子で暮らす日常だ。それは平凡で、変わった事の起きるわけではないが、自身の命に限りがあると自覚した人間の、二度とおとずれないかも知れないと覚悟した日常、いとおしむように過ぎる日々である。母子三人がお祈りの後、「野菜も食べなさい」「いやだ」と言ったたわいもない話しをしながら夕食をとる。夕食後ベッドに入った幼い子供を寝かし付けにいった若い母親に、子供は「抱っこ」と甘える。ふとんにもぐり、母を得てはしゃぐ幼子のあげる声と、ひとつふとんに入った母と幼子の三人のつくりだすふとんのボコボコとするうごめきをじっと見つめる噛み締めるようなショットの、その長さに、母子が一体となって生きうる短い幼児期の蜜のように甘い幸福への祝福と、これを永かれと願う祈りと、永続することはないと予見せざるをえないせつなさをみることができる。母親は子供を寝かせた後、生活のため夜の仕事に出かけなければならないはずだ。

 この後、カメラは再び路上の子供たちに戻る。

 夜のとばりがおりた頃、子供達が路上の片隅に集まって来、火を熾す。暗闇に燃える赤い炎が神秘的だ。この火で夕食をつくり、皆いっしょにわいわいがやがやと分け合って食べる。食事が終わるや、だれかがタイコをたたきはじめ、そのリズムに自然と歌がのせられ、身体も、ゆれる炎をうけて舞われる。ともかくも、きょう一日、無事に過ごすことができた事を自ら祝福するかのように。

 映画『チョコラ!』は、そこに「構造」を求める者にはもの足らないかも知れないが、ひとが生きるということの原初の形を描くことにより、見る者を励ます。

2010年3月21日
岡山映画祭2009報告集より

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